翻訳会社から見ると、翻訳業務に欠かせないのが用語集ですが、お客様の立場から見ると意外と軽視されているケースが見受けられます。
用語集があるのと無いのとでは品質に差が出てしまうにも関わらず、その重要性が浸透しない理由はいくつか考えられます。今回は、この専門用語集について考察したいと思います。
そもそも「専門用語」とは何かが曖昧
まず初めに「専門用語」というのはどこからを指すのでしょうか。その境界はなかなか見極めが難しい場合があります。
例えば、医療や医薬の分野には多くの専門用語が登場します。以下の例で考えてみましょう。
日本語 | 英語 |
---|---|
抗体 | Antibody |
アレルギー | Allergy |
手術 | Operation |
妊娠 | Pregnant |
ひとつ目の「抗体」は、医療用語(専門用語)というのは何となく納得できますが、では2つ目の「アレルギー」はどうでしょうか?日常的に使用している用語ですが、実はこれも医療用語です。「手術」も病院ではよく聞きますし、一般人でも使いますが、医療用語です。「妊娠」という言葉も日常会話でも登場する言葉ではありますが、医療用語です。
これらはすべて医療用語なので、専門用語としても間違いではありません。
一般の人が「専門用語」として感じるのか、もしくは「一般用語」として感じるのかは、その人の持つ背景知識などにも左右されます。逆に言えば、ある特定の分野の専門家が「これは一般用語だ」と思い込んでいたら、それは用語集には入らないことになります。
これは、自分の常識が他人の常識とは限らないという話に似ています。
また、仮に市販の用語辞書に掲載されていれば専門用語であり、そうでなければ専門用語ではないのでしょうか。しかし、こういう基準で考えるのもおかしな話です。
つまり、専門用語かどうかの線引きは、ある種、非常に曖昧だと言えます。
これが用語集の価値を認めにくい一つ目の要因です。
実際の用語の使い方が曖昧
多くのお客様と接していて感じるのは「お客様ごとに用語の使い方は違う」ということです。これは10年以上前は考えられないことでした。
例を挙げてみましょう。
例えば IT 専門用語で “Virtual” という言葉があります。この翻訳について、
- A 社:「バーチャル」
- B 社:「仮想」
と訳語が異なるケースがあります。意味は同じでも、表記が異なっているわけです。10年以上前の IT 業界なら業界内で統一できていましたが、テクノロジーの発達や各社の差別化要因としても「ウチは”仮想”ではなく、”バーチャル”を使っている」という企業が増えています。
また、別のケースとして、同じ単語であっても状況によって訳し分けなければならないこともあります。この場合は用語集にどこまで登録するのかといったことも検討しなくてはなりません。
これらの曖昧さも用語集の価値が伝わりにくい要因となっています。
それでも用語集がある方がいい
これまで述べてきたように、曖昧さが引き起こす原因はあるとはいえ、それでも用語集は構築したほうがいいというのが弊社の見解です。
仮に曖昧さを排除しきれなかったとしても、それを補って余りある効果を得ることができるからです。翻訳作業時に複数の翻訳者で対応しなければならない場合には、用語集があれば、統一が容易になります。
また様々なドキュメントがあっても、用語が統一されていればブランディングの観点からもイメージアップ、ユーザビリティアップにつながります。
もし、用語集がなければ何が起きるのでしょうか?
- 企業のドキュメントの統一が図れない(=ブランディングの統一ができない)
- 全ドキュメントでの統一はおろか、自分が担当するドキュメントすら統一できない
大した影響はないとお考えでしょうか?それともこういった部分のバラつきが読み手に与える印象は決して小さいものではないと思うでしょうか。
この判断が貴社のドキュメントの品質を変えるとすればいかがでしょうか。
翻訳業界の用語集
ちなみに、弊社でも翻訳業界用語についてまとめています。
翻訳やローカライズ業務で頻出する用語とその意味をまとめてありますが、「どこから掲載するか」という上記の問題は孕んだままです。しかし、それでも上述のように単語の意味、定義を共有しておくことの方が大きなメリットがあると考えています。
本当は自社で作る方がいい
このように、用語集があるとあらゆる貴社のドキュメントに使用できるようになります。それはつまり、貴社の資産になるということです。
私たちがお伝えしたいのはまさにこの点であり、そういう観点から考えると、本来は貴社で構築していくのがもっとも確実であると言えます。
用語集と木こりのジレンマ
このように、用語集の構築に関してお伝えをしても、「そうはいってもなかなか時間を取れない」というお話もお伺いします。そこで弊社では、「用語集構築プラン」をご用意しております。
このプランをご利用いただき、その後のドキュメント制作をスムースにするかどうかは、「木こりのジレンマ」と似ています。
木こりのジレンマとは
ある日、旅人が森の中を歩いていると、一人の木こりに出会った。その木こりは、一生懸命、木を切っていた。旅人はそんな彼を見ていた。
旅人は、その木を切る姿を見ていて、木こりが一所懸命切っている割には木がなかなか切れないのを不思議に思った。そこで彼ののこぎりを見ると、随分と刃こぼれが目立っていた。そこで、旅人は「木こりさん、そののこぎりは随分刃こぼれしているようだ。のこぎりの刃を研ぎ直してから、あらためて木を切ったらどうだろうか」と言った。
ところが木こりは旅人に向かってこう言った。
「あなたの忠告は非常にありがたいが、私は今、木を切るのにとても忙しく、それどころではないのです」
そして木こりはその刃こぼれしたのこぎりを使って木を切り続けた。
もし、この「のこぎりの刃」が貴社にとっての「専門用語集」だとしたら、バラバラのまま翻訳作業を続けたところで品質アップにはなりません。
一度用語集を作ってみる。そしてそれを使って展開することで、翻訳作業もレビュー作業ももっとスムースになるとしたら、専門用語は価値があると言えるのではないでしょうか。
トライベクトル株式会社 代表取締役。会社経営 20年目。翻訳・ローカライズ業界25年。翻訳・ローカライズ実績年間10,000件以上。
「言語コミュニケーションサービス」という領域で、主に翻訳/通訳/ローカライズ、インバウンド対応、コンテンツクリエイティブ、言語学習/研修サービスを提供している。